研究

お前が話せ。

自戒の念をこめてメモ。

 

大学院で研究することは勉強することとは違う。

勉強は研究のために必要なものをするのであって、

単に知識を学びたいというのは大学院ではない(そうです)。

 

知識ばっかりになると、

いつもどこかで聞いたもっともらしいコトを言うようになります。

言ってることはもっとも、と賛同を得られることが多いのですが、

やっぱり借り物なんだよねーという。

 

 

勉強家ではなく、研究者になりなさい。

 

 

それが前指導教授からの教え(退任したので)。

それが体現できるまでまだ途は遠い…。

 

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悩めど、立ち止まるな。

最近、通勤・通学の電車内で

研究書や研究論文以外のものを読むようにしている。

 

現実逃避というのが一番しっくりくるのかもしれないが、

一応、発想が凝り固まってくる、思考が地につかなくなる、

という点に危機感を覚えるという名目もある。

 

というのも、「どんなこと研究してるんですか?」と

興味を持ってもらって話してみると、

しっくりこない顔をされることが増えたから。

だんだん独りよがりになっている危険性があるな、と。

 

研究の方は全然よろしくない。

昨年よりはずっと進捗はあるように思うけれど、

やはり捗々しくない。とにかく書き続けてみないといけないが、

ここのところは特に、毎日自分に負けている。

 

そんな中、『神谷美恵子日記』(2004、角川文庫)を読んでいる。

日記の一部を選んでまとめられているので、

断片的にしか垣間見ることはできないけれど、

精神科医として、女性として、妻として、娘として、母として、

研究者として、作家として、

葛藤を繰り返しつつも、決して立ち止まらず、

激動の昭和の日々を丁寧、丁寧に生き、

周囲の人、環境や自然への感謝と感動を常に持ち、

信念を持ちながらも、かつ、批判的検討を怠らない、

そんな姿勢に衝撃を受けている。

 

前半の20代の日記部では

年齢を考えると言い回しやものの考え方など、

その老成ぶりが疎ましくすらある。

しかし、それはひとえに彼女の聡明さはさることながら、

当時の社会、歴史的背景のもとで、

女性として、高い社会的地位の家庭の娘として、

期待される役割からも来ているのかもしれない。

 

最近は自己表現の時代らしく「自分語り」が流行っており

自身を表現することが推奨されることで、

見聞きしたこと、思ったこと、感じたことは、

なんでも表現することが多くなり(そのため別の問題も生じる)、

悩み、自らを省みて表現することはあまりないように感じる。

 

別に「昔はよかった」などと文脈を無視した

過去賛美をするつもりもないし、

もちろんそういう即興的、対他的日記がよろしくない、

低俗、などということではまったくないと思う。

この日記もまたそのようなものであるのだし、

自分自身、これはこれで学びがあると思っている。

なので、あれこれいう立場でもないのかもしれない。

 

ただ、洋の東西を問わず、

人に向けて書かれたのではない日記は、

本当に思い悩み、なんとかその場その場で

自分の中に落とし込んでいくプロセスが描かれており、

染み入るような読後感を感じることが多いなあと思う。 

 

もっとも、誰でも私的な日記を書けばいいのではなく、

少なくとも自分にはそういう文章は書けないだろうと

また落ち込み、ぐるぐると思い悩んでしまう週末。

 

そして、悩みながらも突き進む姿勢について書こうとしたのに、

いつの間にか日記の話になってしまって、

まさに即興的日記のできあがり。

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時代。

気晴らしに新書でも。

『創造の方法学』(講談社現代新書)

↓は古いですが、今は新しいさわやか?な表紙になっています。

 

創造の方法学 (講談社現代新書 553) Book 創造の方法学 (講談社現代新書 553)

著者:高根 正昭
販売元:講談社
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時代かなーと思う米国賛美…。

こんなに米国は進んでいる!

こんなに日本の教育は遅れている!

西洋=進んでいる、目指すべきもの

 

書かれた時代を考慮するならば、

一方的な批判はフェアじゃないと思いますが、

本気で、メディアが「客観性」とか

ジャーナリストとシカゴ学派の方法を同一視するとか

そういう部分はちゃんと批判的に読まないと

えらい目に遭います。

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ブレイクブレイク。

ちょっとブレーキかかっちゃっているなぁ。

 

今月の半ば過ぎから完全に自分のリズムが取れないです。

もう新年度が始まるっていうのに…

2月の段階では3月中には完全に方向性を確定させる、

と公言していたのに。

 

とまあ、引き続き、なんとなく、気持ちわるい感じです。

きゅっ!と集中、、、と行きたいところ。

いつも理念的なことばかりなので、

毎日なんでもいいけど完結した「形」にする、

という小出し戦略を実践したいと思います。

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回り道していたら…。

いやー、昨日久々に教授と会いまして、

身も蓋もない指摘を受け、凹み。

 

じゃあ、それならこっちはどうかな、

とすぐ発想転換できるか否か、

それが研究を進めるのに大切だと思うのですが、

それが不得意な自分。

 

これまでも当初追っていたことから派生、派生して、

ミイラ取りがミイラになることも多々ありました。

これがいよいよ致命傷になりつつある感。

 

回り道をしていたら、くるくると目が回って、

道を踏み外してコースアウト…ってことになりかねないので、

Better late の精神でまた出直します。

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灰色人間と超空間社会。

英国の教授(全然面識なし)に研究報告書について

問い合わせをしてみました。未公刊資料なので。

突然思い立ってメールしてみました。

 

一介の院生相手にわざわざ対応してくれるのか…ね。

一応あまりに失礼な英語になっていたら困るので、

指導教授に一読してもらってOKもらったので、

恥は掻き捨ての精神で、送信。

 

で、即、返信あり。えー!

早いし、ちゃんと届くんですね!(←当たり前)

超空間時代万歳◎

 

しかも報告書が添付されていました!

いやー、言ってみるものですね。

知らない先生にいきなりメールというのは

初めてのことだったのですが、

いい経験になりました。

 

その問題の報告書を活かせるようがんばります。

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国語研究所フォーラム。

後で後で、と書いていつも書かない…

ので、メモ程度に書いておきます。

(メモのくせに長くなってます)

 

別にまとめたのあるんですけど、

あくまでこういう(日記)場なので

過激にならない程度にだらだら書いてみます。

 

国立国語研究所による、

「病院の言葉を分かりやすくする提案」

のフォーラムに参加しました。

 

中間報告の時も経過を拝見しており、

どうなったかなーと思っていましたので。

 

国語研の田中牧郎氏による調査の概要から始まり、

矢吹清人医師(矢吹クリニック院長)、

三浦純一医師(公立岩瀬病院医局長)の

2名の臨床医によるエピソードや取組みの紹介、

医療者でない立場からは

患者支援団体いいなステーションの和田ちひろさんが、

お話をされました。

 

医療におけることばの問題は

米国では公民権運動や女性解放運動などの背景の下

70~80年代にいくつもの研究がなされていますし、

医療語/日常語に関しても問題視されてきました。

また、公的文書などが分かりづらいなど、

Plain English(易しい英語)という運動もありました。 

言語の民主化の問題です。

 

日本では近年、マジック・ワードの「コミュニケーション」が

幅を利かせており(英語教育からいじめまで)

非言語コミュニケーションへの誤った理解や

「心」という精神論に走った論調が散見されますが、

ことばそのものに注目した話はあまりなかったように思います。

貴重な報告だったことは間違いありません。

 

と、偉そうなことを書きましたが、

実際、医療を取り巻く問題群はメマイがするほどで、

地道に少しずつでも取り組んでいくことが必要だと思います。

 

その意味で、今回のように、

医療専門職と言語やその他の研究者、患者団体が、

連携してひとつのプロジェクトに取り組んだというのは

大きな意義があると思いますし、

将来にこういった連携の形が進んでいけば…という、

期待感の持てるものでした。

 

内容については、近刊の、

『病院の言葉を分かりやすく』(勁草書房)

を読んでもらうのが一番早いです。

今日は先行発売で入手できましたので、

ひととおり目を通しましたところ、

今日の内容はほぼすべて網羅されていると思います。

 

Book 病院の言葉を分かりやすく 工夫の提案

販売元:勁草書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

医療者への提案として編まれているもののようですが、

医療を受ける側にとっても勉強になるものです。

知らないコトバが並んでいてちょっとびっくりしました。

 

がん以降、ちょっと医療用語とかに詳しくなった気がしますが、

フォーラムで和田さんが述べておられたように、

疾患によってまったく知らない言い回しや語彙があることを、

まさに感じさせられました。イレウスとかね。

 

分かりやすく言い換えるということは、

医療を受ける側にとって理解を高めることになり、

結果、医療者にとってもスムーズに目標を達することに

つながるかもしれませんし、

医療者自身の理解の明確化にもつながるのではと思っています。

 

というのは、科学的専門用語は、

モノによってはかなり統一的な意味論構造があると思いますが、

中には実は構成概念にかなり揺れがあるものもあります。

医療(*医学のみに限らない)は文系・理系の

混合体の様相を呈する部分がありますので、

そういった意味では、理解の深化につながるのかもと。

 

さらに、自分の研究に関連付けて言うと、

多文化間医療コミュニケーションにも大きな示唆があります。

示唆というより、そのまま活きますね。

分かりやすい言葉に置き換えるということは、

日本に暮らす日本語を第一言語としない人にとって、

その理解可能性が飛躍的に高まるはずです。

 

そして、医療通訳が入る場合でも、

高度な医療専門語を駆使したものを訳すのに比べ、

通訳者の負担が減り、訳出の精度が高まることが

十分期待できるからです。

 

最後に、国語研の言語へのアプローチには、

言語というものの捉えかたにおいて

個人的には賛同できないのですが、

共同で、社会で、ことばの問題を考えていくという姿勢は、

とても重要だと思いますし、

批判的に医療と言語の問題を考える機会になった点でも

今回のフォーラムは学ばせてもらいました。

 

恐らくどなたも見ていないと思いますが、

関係者の方々にお礼申し上げます。

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きたー!(PC)

PC到着。キター!待つこと20日。

ようやっと、ようやっとです。

 

これで論文作業もできるってもんです。

まあ、これで言い訳きかなくなりましたが。

まだインストールとか外付けのものとか揃えないとだめなので、

完全に使えるようになるのは来週からかなー。

 

とりあえず変な音がするくらいで、

使い勝手はよさそうです。

 

* * *

 

研究の方は相変わらず難航中。

文献レビューも思うようにいかない、、、

教授からのプレッシャーもかなり。。。

 

あと研究協力者を得ないことには…。

文化間コミュニケーションとかに理解のある

医療関係者の方なんかいましたら

ご一報お待ちしています。本気で。

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追われて追われて。

師走です。って、くどいですね。

こんばんは、おかぴです。

 

学会がとりあえず終わり、ひと段落で整理整理、

…と思いきや、雑務の嵐。アンケートの集計やら、

成績整理やら、なんなのーーー!!!?って感じで。

集計だけで毎回5時間くらい取られる。

 

しかも自分の論文の「ろ」も書けてないのに、

人の論文の添削を頼まれる始末。

頼む人間違ってませんか?

断れって話なんですが、お世話になりまくりの先生の、

学生さんのモノなので…。。。

 

3年目が終わるってのに、

回り道をしすぎて、これからプロポーザル提出…。

年末までに確実に終えたいのに。

時間は自分で捻出しないとダメだと分かっていながらも、

なかなか実行できなかった2008年でした(まだ終わってない)。

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捨てる技術。

なんかそんなタイトルの本あったなーと。

 

学会終了ー。

まあ、自分が発表とかではなかったですし、

一部の発表しか聴くことはできませんでしたが、

ちょっとした時間に意見交換できるのは愉しいものです。

 

学会終了後、ちょっと論文のことで指導を受けまして、

「捨てる」ことについてビシッと言われました。

あれこれといろんな領域に手を出していることや、

すでに後期課程で3年目に入っていることなど、

ダメ出しされました。当たり前ですが…。

 

個人的には言語や社会や医療といったテーマだと

必然的に領域横断的になると思いますし、

それはそれで間違っていないし大切なことですが、

学位取得、という目的において、技術的には×ということで。

 

実は主査に 2年前 から言われていることなんですわ。

ただ、自分のこだわりというか、

モヤモヤして気持ちの悪いものを何とか論じられないかと、

あれこれ文献を当たったり、人と議論したりして、

評価してくれる人もいたりすると、

なかなか「気前良く」捨て切れないんですね。

 

ただ、なにもそれを闇に葬り去る必要はなくて、

「とりあえず」学位取得においては捨てる、ということです。

ということで、今日から捨てる技術を実践します。

 

自分の問題意識に直接アクセスしないものでも、

せっかく研究をやる以上は楽しめるように

昨日の今日で、早急に研究計画の大シフトです。

まあ、実際に書いていたワケではないので、

建築物を倒壊させるのではなく、

図面を引きなおすだけです。

 

これから会う度に「捨てた?」と聞いてください。

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